まえむき。について
まえむき。について、ちょっとだけお話しさせてください。
まえむき。について
私たちの根っこ —— 自然栽培から、循環を動かす農業へ
2017年、私たちは山形県遊佐町へ移住し、長年眠っていた耕作放棄地の開墾から始めました。農薬や化学肥料はもちろん、動物性堆肥の影響さえ受けていない真っさらな土と、真っ直ぐに向き合いたかったからです。
当初、私たちが掲げたのは「自然栽培」でした。できるだけ人の手を加えず、野菜が自ら育つ力を信じる。けれど、土と対話を続ける中で、ひとつの現実に突き当たりました。
本来、土の中には見えない「命の循環」があります。草や虫の死骸を微生物や菌が分解し、次の命へと受け渡していく、当たり前の巡りです。しかし、長年の耕作履歴や気候変動、そして冬が長く地温が上がりにくいこの土地の環境では、その働きが弱まり、自力では循環がうまく回らなくなっていることも少なくありません。
だからこそ私たちは、自然栽培の「自然を尊ぶ」考え方を軸にしながら、「ネゲントロピー農法」の視点を組み合わせています。ネゲントロピーとは、エネルギーの乱れが整い、生命の秩序が高まっていく状態のこと。自然に任せきりにするのではなく、土の中に微生物の住処やエサを意識的に用意し、命の循環を人の手で後押ししていくアプローチです。
私たちは、土の中の生態系を壊さないよう、深くは耕しません。過度な耕起を避け、表面を浅く、必要最低限だけ整える。それは、土が本来持っている層を大切に守りながら、空気や有機物の流れをつくるための繊細な関わりです。
地域の竹を伐り、畑に戻すのも、自然をコントロールするためではありません。止まってしまった循環を再起動させ、微生物たちが再び躍動できる「余地」を生み出すためです。土地の記憶や環境の変化によって、自動的には動かなくなった時計の針を、人の手でもう一度動かし始める。それが、まえむき。farmが考える私たちの農業です。
私たちが大切にしている「循環」という言葉は、決して理想論やイメージではありません。 土の中での分解と再生、野菜が育ち、その残渣がまた土へと還り、微生物がそれを次の命へつないでいく。この目の前で起きている「循環」という現象を、私たちはそのまま言葉にしています。
2、つなぐ —— 人の手で「循環」を設計する
山形は冬が長く、一年の半分近くを雪と共に過ごす土地です。雪に閉ざされた土は太陽の光を浴びることができず、春を迎えてもなかなか地温が上がりません。そのため、微生物たちが活発に躍動できる「旬」が、温暖な地域に比べて驚くほど短いのです。
本来、自然の力に任せれば、長い時間をかけてゆっくりと土は育まれていきます。しかし、現代の農業の現場では、微生物たちが十分に働ける時間が限られている一方で、次の作付けを止めることはできません。地力が十分に回復しきる前に生産を繰り返せば、土は少しずつ疲弊し、結果として命の巡りが滞り、地力は衰えていく――。私たちは、この逃れられない現実に真っ向から向き合ってきました。
一般的に、こうした地力の衰えを補うために、慣行農法では化学肥料が、有機農法では鶏糞や牛糞などの動物性堆肥が投じられます。しかし私たちは、それらを使用しません。外から「栄養」を無理に足すことは、一見効率的に見えますが、実は土の中で本来働くはずの微生物たちの出番を奪い、土そのものの自浄作用や循環の力を弱めてしまうと考えるからです。また、未完熟な肥料が土に残ることは、虫や病気を引き寄せる原因にもなり、私たちが目指す「真っ直ぐな土」とは離れてしまいます。
だからこそ私たちが大切にしているのは、不足したものを足すのではなく、知恵を絞り、人の手で「循環を設計する」という姿勢です。米ぬかや油かすをベースに、この土地の菌を活かして仕込む自家製の発酵ぼかし。畑の片隅で熟成させる作物残渣や雑草の堆肥。そして、里山の資源である竹を粉砕・発酵させた竹チップ。これらを土に還すのは、単に野菜を太らせるための「肥料」ではありません。限られた時間の中で、微生物や有用菌たちが最大限に力を発揮し、自ら地力を更新し続けられる「舞台」を、人の手で整えてあげるためです。
土の声に耳を澄ませ、目に見えない命が躍動する環境をデザインする。それが、私たちの考える「土を育てる」ということです。ネゲントロピー(秩序)の高まった土で育つ野菜は、過剰な養分で太るのではなく、自らの生命力で力強く根を張り、大地の微量要素を吸い上げます。その結果として、根っこが強く、味の濃い、生命力あふれる一粒一粒が実るのです。
3、タネの声を聞く —— 伝統と個性を、未来へつなぐ
私たちが畑に降ろすのは、全国各地で古くから守り、受け継がれてきた伝統野菜や在来種、そして固定種のタネだけです。現在、日本の市場に出回る多くの野菜は「F1種(一代雑種)」と呼ばれる、異なる親を交配させて作られたタネから育っています。F1種は形が揃い、収穫量も多く、流通には適していますが、その性質は一代限りで、翌年にタネを採っても同じ野菜は育ちません。
私たちは、そうした効率を優先したタネ選びではなく、あえて不揃いであっても「命の連続性」があるタネを選び続けています。かつてはどこの家庭でも当たり前に行われていた「タネを採り、翌年また蒔く」という営み。これら固定種のタネから育つ野菜は、形や育ち方が揃わないこともありますが、それは決して欠点ではありません。その土地の気候や風土とじっくり向き合い、過酷な環境を生き抜いてきた「命の記憶」そのものです。長い歳月をかけて多様な情報を蓄積してきたタネだからこそ、その味わいには何層にも重なる深い奥行きと、忘れられない「うま味」が宿っています。
私たちは、栽培方法以上に、野菜の味を決定づける究極の要素は「タネそのもの」にあると信じています。どんなに土を整えても、タネが持つ本来の可能性が乏しければ、心からおいしいと思える野菜にはなりません。そのタネが持つポテンシャルを最大限に引き出すために、私たちは今日も土を整え、タネの声に耳を傾けています。
4、竹林を活かす —— 里山の資源を地域の財産へ
移住後に開墾を進める中で、私たちは避けて通れない大きな課題に直面しました。それが、地域のあちこちで手入れを失い、荒れ果てた「放置竹林」の存在です。急速に広がる竹林は、本来の豊かな里山の生態系を飲み込み、獣害の温床や土砂災害の引き金にもなっています。
しかし、視点を変えれば、竹は驚くべき可能性を秘めた資源です。竹には無数の空気穴があり、有用な微生物たちの格好の住処となります。この強い生命力を、地域の厄介ものにするのではなく、農業を再生する力へと変えることはできないか――。その問いから、私たちの竹を活かす取り組みは始まりました。
冬の間に伐り出した竹を粉砕し、発酵させて畑に戻すことで、土壌を再生する強力なパートナーに変える。また、春のわずかな期間に芽吹く幼竹は、丁寧にアク抜きをして、味わい豊かな「孟宗竹メンマ」として加工する。こうして竹を価値あるものへと変えることは、里山のバランスを整え、失われていた資源の流れをもう一度地域へと還すことです。かつては人々の暮らしを支え、今は厄介ものとされた場所が、知恵と人の手が入ることで、再び地域の宝物へと生まれ変わっています。
5、食と暮らしへ —— 生まれた循環を届ける
まえむき。farmが大切にしているのは、畑で完結する循環ではありません。土の中で起きている分解と再生、里山から生まれるエネルギー、そして私たちの想い。そのすべてが形になったものを、皆さんの食卓や暮らしへと届けることで、初めて「大きな循環」が完成すると考えています。
私たちがじっくりと育てた野菜たち、地域の課題から生まれたメンマ、そして土を再生する竹の資材。これらはすべて、オンラインストアを通じて全国へお届けしています。箱を開けた瞬間に、山形・遊佐の土の香りや、力強い命の気配を感じていただけるよう、一つひとつ心を込めて送り出しています。
自然の偉大な力と、それを見守り後押しする人の手が織りなす「循環」。その先にある、心と体が喜ぶような心地よさを、ぜひ感じてみてください。 私たちの歩みは、まだ始まったばかりです。これからも、この土地の環境を健やかに回復させ、100年後の次の世代へ誇れるような、豊かで美しい循環をつくり続けていきます。